松尾川の郡界橋


職場の近くに、松尾川という川が流れています。
松尾川は、この下流2kmのところで牛滝川と合流し、さらに1km流れたあと槇尾川と合流し、大津川という名前で大阪湾に流れています。

この川に、郡界橋という立派な名前を持った小さな橋があります。
この付近は、岸和田市と和泉市の境目の辺りです。
ということは、泉北と泉南の境界ということになりますが、こういう言い方は白鳳時代から奈良時代にかけて形作られる律令体制の令制国の呼び名に由来しています。
そういうことを考えている内に、一度自分の住む和泉国について調べてみたくなりました。


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この当時の日本の行政区画として、中央を畿内、地方を道とする五畿七道がありますが、始めは四畿七道でした。
757年といいますから奈良時代の後期に、河内国から分離して和泉国が登場。
こうして畿内の中では一番最後に和泉国が成立し、五畿となります。

和泉国に住んでいながら、最近までそういうことを全く知りませんでした。
最後に成立するということは、畿内の中では一番後発の地域、つまり田舎だったということですね。
当時の灌漑技術では、内陸部の扇状地の方が水の安定供給を得やすく、瀬戸内式気候で雨の少ない和泉は、ため池が発達するまでは米の生産が少なかったようです。

このために、このころ国力を表す「大国」「上国」「中国」「下国」の等級分けでは「下国」に分類されます。
「下国」に分類された国は、和泉国のほかに、伊賀、志摩、伊豆、飛騨、隠岐、淡路、壱岐、対馬の9ヶ国ですから、離島が含まれているような、かなり下の方のランクです。
畿内だから都会だとは言えません。

和泉国になるまでに、和泉監いずみげんと呼ばれる特別行政区域だった時期があります。
特別区であった理由は、天皇の行幸があったり、皇室に海産物を中心とする食材の供給をしたとのことですが、和泉監だけでもだいぶん話が長くなってしまうので、ここではこの話は省略します。


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和泉国には3つの郡が置かれました。
北から、大鳥郡、和泉郡(近世になると泉郡の表記が多い;ここでは和泉郡で統一)、日根郡です。
(この内、大鳥郡と日根郡では、堺市西区鳳、泉佐野市日根野というふうに、地名の逆転現象が起こっています。)
その後、13世紀ごろに和泉郡が分割され、和泉郡と南郡に分かれます。
また明治期に入った1896年に、大鳥郡と和泉郡が泉北郡に、南郡と日根郡が泉南郡になります。


ということで、この郡界橋は、始めは和泉国の和泉郡寺田村と南郡摩湯村の境目。
その次が、大阪府の泉北郡北松尾村と泉南郡山直やまたえ(現在は「やまだい」と読む)下村の境目。
そして今は、泉北地域の和泉市と泉南地域の岸和田市の境目になっています。



南郡の範囲は、現在の市域でいえば、岸和田市の大部分(山滝村を除く)と貝塚市の2/3ぐらい(北近義村と南近義村を除く)です。
この橋の山手にある牛滝山を含む旧山滝村は、和泉郡から泉北郡になった後、1948年に岸和田市に合併しました。
岸和田市で唯一の元泉北地域ですが、時間の経過とともに、住人に泉北人という意識は少なくなっているように思います。



大鳥郡の北の境界は、歴史的にもややこしいところです。
もともと摂津国と和泉国の国境は、堺(いわゆる室町からの環濠都市部分)の真ん中を通る大小路通りから長尾街道にかけてでした。
堺は、国の境目にできた町であり、方違神社あたりに境王子という熊野街道の地名があったことも関係して、境から堺となったそうです。
やがて国境は、江戸時代の新大和川開削で、人の動きや流通、水利が現実に合わなくなります。
そこで、明治になった1871年に国境を新大和川に変更し、それ以南の摂津国住吉郡を和泉国大鳥郡としました。
実際には、このときに第1次府県統合があり、大阪府や堺県が誕生していますから、堺県大鳥郡になったということです。
所属が変わったのは、堺旧市の半分、三宝村や旧向井町のうち七道村や遠里小野村、旧五箇荘村(現在の浅香山から北花田にかけて)です。

ここでわからないのが、この1871年時点で長尾街道より北側の旧北庄村(現在の田出井町など)が、すでに大鳥郡所属になっていたことです。
これでは、この南側にある三国ヶ丘の地名などと矛盾します。
これは私の想像ですが、旧北庄村はかつては摂津国だったが、幕府は新大和川開削後に開発された農地について、その都度、現実の水利に合う和泉国として許可を与えていったのではないかと推察しています。

今、長尾と呼ばれている地域からは河内国。
このあたりは、なかなか地誌上のホットな地域ですね。
子どものころ、この辺によく行きましたが、全く知りませんでした。
間違っていることがあれば、ご指摘ください。



大阪府では、このような律令制がもとになった地域の分け方が残っています。
大阪市、豊能、三島、北河内、中河内、南河内、泉北、泉南の8エリアに分ける考え方です。
現在は市や行政町村が政治的な固まりですが、府全体の広域業務をする職種ではエリアを分ける単位として使われたり、表記などに名残が残ったりしています。
府の行政サービス、教育、あるいは電話番号や郵便番号などです。
それぞれの地域の人口増加の違いや、堺市が政令指定都市になったことで、新しい分け方にどんどん改変されているものもあるようですが、歴史的に見てもこの分け方はたいへんアバウトなものです。

まず1878年の郡区町村編制では、旧和泉国は、大阪府のそれぞれ堺区、大鳥郡、和泉郡、南郡、日根郡となります。
その後、堺区はそのまま堺市になり、はじめに述べた通り大鳥郡と和泉郡が泉北郡に、南郡と日根郡が泉南郡になります。
さらにその後、各郡部に多くの市が誕生していますから、制度上、堺旧市地区は一度も泉北というネーミングの範疇に入ったことはありません。
また、堺市が南河内郡金岡村をはじめとする多くの旧河内国の町村を吸収合併したことも、この話を助長します。
それらの人々は、同じ場所に住んでいながら、河内出身という根拠が希薄になり、「泉北人になったつもりはないんだけど…?」という具合になります。
「堺は泉州ではない。」という人の考え方の根拠です。



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タイトルに戻って、この郡界橋ですが。
この地は、岸和田市域が唯一松尾川東岸に突出した,特徴ある境界線を持つところです。
この橋も、完全に川の真ん中が境界ではなく、西側から渡った僅かな部分がまだ岸和田市です。
この不自然な境界線から考えられることは、この場所も他の多くの地域と同じように、農業に携わった私たちの先祖が多くの水争いをしてきた、ややこしい境界の場所ではないかということでした。


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R365 旧道トレースの旅(7/16編)


だいぶん前から計画し、ずっと延び延びになっている「日本縦断、最短の旅」。
別名「R365トレースの旅」です。
タカさんと行った関東ツーリングの集合までの時間に、この道の一部を走る機会がありました。
走ったのは、以前から気になっていた部分です。


R365には、村中の旧道がそのまま国道指定された場所があります。
四日市市、員弁郡東員町、いなべ市にまたがる部分です。


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現在は、3年前に員弁バイパスが全通し、旧道部分の北半分は国道指定が解除されました。
上の地図では無理ですが、少し前のツーリングマップルでは解除されていなかったころの赤の道筋を確認することができます。


四日市市内の国道1号線がまたぐ三滝川の橋から上流の方を見ると、左岸に堤防道路が見えます。
R365の始まりです。
(ごく少しの間、R477との重複)


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旧道部分のはじまりは、なぜか新興住宅地があるところです。
それが農地の中をクネクネと通り、やがて村中の道として、かつては交通の中心だった道路の面影が現れ始めます。


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四日市市から東員町に入りました。
東員町はごく僅かで、すぐにいなべ市に入ります。


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完全に旧街道です。
この街道とだいたい同じラインを走っているのが、三岐鉄道三岐線です。
大井田駅は、1986年に大安駅と名称を変更。
旧国道から少しそれますが、この駅を訪れるのも目的の一つでした。


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真夏に、1,700ccの空冷エンジンを股間に抱き、時速30~40kmで旧道探査をするのは、つらいものがありました。
しかし、関東ツーリングに一緒に行くタカさんとの約束の時間が12時、御在所SA集合だったので、こんなチャンスはありません。
まあ、しかし暑かったね。


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オッ、なんと駅舎の半分は図書館になっている。
ちょっと涼んでいこう。


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時刻表を見る限りでは、1時間に2~3本の列車の本数があります。
単線だから、健全な運行状態といえます。


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時々、鉄道ファンしか来ない駅というのがありますが、この駅は違うようです。
三岐鉄道の経営は、十分成り立っているようです。


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指定を解除された旧道部分も、道を間違えずに全部トレースすることができました。
そこは、5月に黒隼さんと草競馬をみた両ヶ池公園の近くでした。




同じバイク


MT川越組のピョン吉さんのマシンは、MT仲間でも少し珍しいシルバー&オレンジです。
私と同じカラーリング、2008年型です。


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駐車場のバイクに戻ってきたときなどは、つい間違えてしまいます。

「なかなかいい色あいですね。」
「そうですね。」
「MTの中じゃ、一番いい色ですね。」
「ホントですねえ。」
(実際にこういう話をしたわけではない。想像上の会話。誰も加わりません。)


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珍しい色ですが、今の自分のバイクを買う前にも、このシルバー&オレンジを見たことがあります。
それが、私がMTを見た最初だったと思います。
R429という兵庫県の片田舎の国道です。

少ないタマなので、探すのに苦労しました。
これで、3台あるところまではわかったぞ。




名港トリトンと巨大なキリン


伊勢湾岸線を東へ向いて進んでいると、名古屋港をまたぐ三つの斜張橋を通ります。
名港トリトンと呼ばれる大きな橋です。


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一番西側の、最初の橋を渡る前にふと右を向くと、大きなキリンのようなモニュメントがたくさん建ち並んでいます。
太陽が東側にあるとき、つまり朝はその影がより一層クッキリ見えます。


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種明かしはコレです。
コンテナを載せる設備ですか?


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私たち関西人が、伊勢湾岸線を朝に東進するときといえば、ほとんどの場合これから旅が始まるときです。
ウキウキしているから、キリンに見えるのかな。




白馬林道ツーリングは途中まで(8/18編)


「今日は山に登るぞ!」
SSMくんのダカールとKNSKくんの400のモタード、それにトリッカーです。
R424の道の駅「しらまの里」から龍神スカイラインまで続いている白馬林道をアタックしました。


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が、なぜか停まっています(よくある)。
尾根道の白馬林道と龍神スカイラインを通り、涼しく高野山で精進料理でも食べる予定だったのですが…。


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このように状態は悪くありませんが、実はここに来るまでに台風や集中豪雨の爪痕が随所で路面に。
おまけに奈良県に近づくほど、降水確率は高い。
「ロードタイヤの人もいるしなあ…。」


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進路を海の方に変更し、「SanPin中津」で休憩です。
「根性」という言葉が全く感じられない軟弱な決定です。


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海岸線に到着です。
う、うー…、岩の白さが目を射るともに、思いっきり暑いやないか…。


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行き先は、ご存じの白崎海岸です。
涼しさとは無縁、みなさんはダイビングをしています。


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全員、和歌山ラーメンが好きということで、和歌山市内の「丸田屋次郎丸店」へ。
ラーメンはとてもおいしかったですが、またさらに暑くなった…。
涼しくなったら、また来よう。




プロフィール

Rip

Author:Rip
性別 男
年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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