500系新幹線がニューペイント


今日も、何日か前のニュースからの焼き直しネタ、このごろこんなのが多いな。

私の最も好きな新幹線である500系が、新しいカラーリングになるそうです。
何でも20年ぐらい前に流行ったSFアニメ「エヴァンゲリオン」からデザインしているとのことです。


2015年07月23日、500kei_eva_a
                                                   ※ yahooニュースより

アニメ作品のことはほとんど知らないし、このカラーが好きであるとかいうことではないのですが…。
とにかく、好きな500系が話題になることがうれしい。

好きな理由は、とにかく性能を追求したそのスタイルです。
装飾が全くないように見え、単純ともいえる長いノーズ、全体の丸みのある低いフォルムなど、ほかの新幹線車両にはない唯一独特の美しさがあります。
初めての300km/hの営業運転というのも、魅力ですよね。
500系を好きな人は、多分たくさんいるんじゃないかな。

けど、そのために犠牲になった部分があって、新幹線の中で長期間の主力機種になることはありませんでした。
生産コストが高く、居住性が落ちる、定員が少ないなど、鉄道の経営や運行の管理という面で劣ることが原因です。
どんどん運用の範囲が縮められていく姿を見てきましたが、何かそのたびに「美人薄命」という言葉を思い出します。
まだ、死んだわけじゃないけど。

この500系が出たあと、すぐに700系が姿を現しました。
そのときは、「あんなカッコいいヤツのあとで、何でこんなん出すんや?」と思ってしまいました。
700系が好きな人、ゴメンなさい。




RYUBE大山ツーリング…の見送り


久しぶりにMT-01に乗ることができました。
僅かな時間だったけど、楽しかった。


2015年07月26日、04時42分27秒a


朝の4時42分、中国道西宮名塩SAです。
今日はRYUBE大阪の大山ツーリングです。
でも、お昼から祭礼関係の用事があったので、ツーリングはここまで。
朝の5時に友だちと「さようなら」をすることになる、異常に早いお別れです。

ミミオさん、はるさん、ルーキーさん、ひめやんさん、まさっちさん。
5台のマシンが、元気に大山周回道路へと旅立っていきました。
オレも早くツーリングに行きたい!




島根県と鳥取県が一つに


あまり見慣れない地図ですが、今さかんに報道されている参議院の選挙区であることは、おわかりいただけるでしょう。

2015年07月23日、tottori_shimane_aa


一票の格差を是正するために、これまでにもさまざまな方法がとられてきましたが、とうとう都道府県合体という最後の手段が使われることになってきました。
気持ちとしては、「これって地方切り捨てじゃない? 一極集中&過疎化助長システム?」という感じです。
でも、「人の権利が片方は1人分、片方は0.8人分でいいの?」と言われたら、返答できずに黙ってしまいます。
多くの人の考え方をもとに、有識者がなるべくベターな方法を考えているのだから、私などの出る幕ではありません。

でも、どちらかと言われると、対案は示せませんが、反対に近いかなと思います。
理由というには脆弱かも知れませんが、下のようなことを思い出しました。
「日本全国『県境』の謎」(浅井建爾氏著 ; 実業之日本社)から得た知識がほとんどです。



今回、都道府県境を越えて選挙区が成立するのは、この島根県と鳥取県だけではなく、高知県と徳島県も対象になっています。
このブログの地図は島根県と鳥取県だけで、ちょっと片手落ちですが、まあそれは置いといて…。

この2つの地域は、以前にも合体していたことがありました。
島根県と鳥取県が一つで島根県、高知県と徳島県が一つで高知県だったことがあります。
明治時代のごく初期のことです。

明治政府は、封建的な旧体制を崩して、新規の近代国家建設のために、地方の行政改革に「廃藩置県」という思い切った政策を行っています。
府県名には、旧令制国の地名をすべて廃して、新しい地名(ほとんどが庁舎所在地の地名)を採用しました。
心機一転の意味だけではなく、旧士族勢力のコントロールの目的もあったようです。

また、府県境の線引きも革新的でした。
極端な合理主義で、人口が同じぐらいの府県ばかりを作ろうと考えたようです。
そのために、現在の東京都23区の中の、さらに一部分に過ぎなかった東京府と、今の都道府県を合体したような面積の大きな県とが並立していました。
人口第1位の府県は、石川県(現在の富山県、石川県、若狭を除く福井県)でした。

ただ、この行政区分は短い期間で終わってしまい、面積の長大な県は旧令制国の線引きに近い行政区分に戻されます。
理由は、いくつかありました。
まず、行政機構は全国的に均一化されるというものの、住民サービス(そういう言葉はなかっただろうけど)的な側面が著しく低下し、住民管理が及びにくくなります。
また、合体によって大きくなった県庁所在地の発展よりも、中心から遠ざけられた地域の地盤低下の方が大きくて、トータルとして経済活動がプラスにならないと判断されたからです。
士族の反乱に目をとがらせていた時代ですから、不平分子の温床となるそのような地域に対しては、政府もテコ入れをせずにはいられなかったのでしょう。

今回の都道府県合体によってできる選挙区の形が、明治初期の府県の形と同じことに、何となく驚きを感じます。





過疎に関わる話で、ちょっと話が飛びますが…。
「こんな田舎に、こんないい道を造りやがって。税金のムダ使いやな。」というような話を耳にしたときにも、似た感覚の気持ちになります。
「この道がなければ、この先の村はその内消滅してしまうなあ。」

国土が半永久的に広がっていくというおぼろげな夢のあった時代、つまり富国強兵時代には、先へ先へ鉄道を敷く、道路を造るということは、日本の発展の象徴でした。
未開の地に資本を投下することは、その地を繁栄させると同時に、その先にある新たな領土を手に入れるための準備になります。
しかし、領土拡大の可能性がなくなった戦後の日本は、指向が内向きにならざるを得なくなります。
未開地を開拓するという精神は、戦争後の人々の意識に残っていて、1960年代半ばまで地方ローカル線が建設されたりしていました。

やがて、そういう方法での地方の活性化は失敗に終わりましたが、その真逆は進行します。
日本人はその経済成長の中で、都市部への人口集中を加速させ、全体としてはたいへん生産性の高い国土を作りました。
面積にすると、国土の10%ぐらいの部分の耕地利用の形態は、大きな様変わりをします。

その10%の耕地に90%の人間が生活する日本の国土は、混んでいるところと空いているところが極端です。
今後、どんなふうに進んで行くのでしょうか。
都道府県が合体された面積の長大な選挙区の出現は、こういう話と無関係ではないと感じました。




軍艦島が世界遺産になるのか…


私が「軍艦島」の存在を知ったのは、下の本を読んでからです。
本の初版自体は2010年1月20日で、その第三刷版(同年10月22日)を買っているから、だいたい4年と少し前ぐらいだと思います。
発行所は彩図社で、著者名は歴史ミステリー研究会です。

だから、そんなに前から知っていたわけではありません。
以前からよく知っていた人がいるかも知れませんが、それが今度世界遺産に登録されることになったので、よくメディアの報道に出てくるようになりました。


2015年07月18日、saizusha


この島は端島はしまといって、長崎市(旧長崎県西彼杵郡高島町)にある島です。
岩の塊に近かった島が海底炭鉱掘削に成功し、三菱資本の傘下に入ります。
その後、人工岸壁がどんどん広がり、だいたいもとの面積の4倍ぐらいの島になります。

この島の特徴的なところは、そういう炭鉱の採掘現場であったことにとどまらず、必要な労働力の生活の拠点としてこの島を開発したところです。
鉄筋コンクリートの高層住宅をどんどん作り、それがこの島の特徴的な景観になっています。
大正時代に、コンクリート造りの高層集合住宅はすごいよね。
多分、当時ここを訪れた人の多くが、その景観に目を見張ったことと思います。


2015年07月19日、hashima_enkei_a
                                                ※ やまさ海運のWebページより


人口の最盛期は第2次世界大戦後で5,000人ぐらいとのことです。
東京23区より人口密度が高く、おそらく世界一だったそうです。
島にはもち論小中学校があり、神社、寺、病院、商店街、映画館、床屋、飲み屋など、当時の生活に必需な施設があったというから、かなり驚きます。
しかし、石炭産業の終焉とともに、この島の機能は必要がなくなってきます。
無人島になったのは1974年だそうです。


「長﨑の島々」というNHKのTV番組がありました。
その中で、この島のもと住民の人が、島内のいろいろなところで思い出を語るシーンがありました。
この撮影は、自治体の許可を得た調査的上陸に近いもので、観光クルーズでは安全上制限されているいろいろな場所が紹介されていました。

もと住民の人たちが懐かしそうに当時の話をする中で、ある人が「有名になるのはいいのだけれど、あまり見物客が押し寄せることには複雑な気持ちがある。」という意味のことを発言していました。
この人の言ったことは、私には印象的でした。


2015年07月18日、hashima_ginza_0001_a
                                                      ※ Googleの画像より


他人の故郷のようすを見て、その地の自然のすばらしさや伝統的な文化を讃えたなら、その人は多分喜んでくれること間違いなしだと思います。
が、この島には自然というものがほぼ皆無に近く、それが特徴となって注目されている島であり、伝統というほど古くから伝わるものがあるわけではありません。
斜陽産業となった人工物が役目を終了し、住んでいた人の住宅も廃墟となっています。
余りにも生々しい生活の跡を見るのは、自分自身がのぞき見趣味になっているのではないか、という気が少しします。

失礼を承知で、自分の思ったことをそのまま書かせていただくとすると、「ここに住んでいた人たちにとって、自慢できる故郷であったのか?」という疑問です。
そう思う人もいるし、そう思わない人もいるのではないのか、と思います。
なぜそんなことを書くかというと、自分がその立場だったら、そう思わない方じゃないかな、という気がするからです。


しかし、こうも思います。
明治以降の日本の近代化を支えた産業遺産としてクローズアップされ、多くの人が高いイメージでこの島を知りたい、また行きたいと思うようになれば、考え方も変わっていくでしょう。
近すぎる過去にはいろいろな見方があるだろうけど、遠い過去になるほど、それは少なくなっていくだろうと思います。




台風が去って


本日の朝、まだ雨が降っていたと思いますが、大阪府内から複数のMT-01が東に向かって発進しました。
雨が降ろうと関係ないパワー、すばらしい!
気をつけて、ツーリングを続けてください。


2015年07月18日、dojouuryousisuu_a


「土壌雨量指数」の図があったので、ちょっと拝借。
出典はヤフーニュースです。

台風の通ったコースが四国と中国だったので、その東側である近畿地方は、雨の影響がすごい状態ですね。
特に紀伊半島の色…、これ何?
熊野川は、また河口近くのR168のところで溢れたと言うことだし。

こういうのを見ると思い出すのが、2011年の台風です。
紀伊半島のいろんなところで被害があり、ここ何年かのツーリングではその災禍を何度も目にしてきました。
三重 r740「通らない方がいい道」は、いったいどうなっているんだろう。
長いことかかって、この前やっと復旧したところだったけど。




プロフィール

Rip

Author:Rip
性別 男
年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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