シン・ゴジラ ; その2


長い間、ゴジラ映画を映画館で観ることはありませんでしたが、テレビで第1作の「ゴジラ(54)」を観る機会がありました。
深夜映画番組の「反戦映画シリーズ」の第1弾として放映したので、「へえ、ゴジラ映画が反戦映画になるのか?」と思いました。

それまでは、この第1作をキチンと観たことがなかったのですが、この映画の中で太平洋戦争時の空襲を連想させるシーンが描かれていることや、当時の日本人がいかに原子爆弾や放射能を恐れていたか、ということがわかりました。
巨大生物が暴れるという点では、「キングコング」を始めとするいくつかのアメリカ映画をヒントにしていますが、社会性の豊富さというところは、東京をはじめとする多くの空襲や広島、長崎への原爆投下という悲劇を経験した日本人にとって、群を抜いています。
現在でも、ゴジラファンの中ではこの第1作は別格で、常にNo.1である至高の作品とされています。
今は、私もそう思う一人となっています。



84年の「ゴジラ(84)」でゴジラが悪役として復活し、多くの古典的なファンはたいへん喜んだそうですが、私が映画館でゴジラを観るようになるのはもう少しあと、子どもができてからです。
子どもと初めて映画館に行って観たゴジラは、「ゴジラ対キングギドラ(91)」です。
封切日に行きましたが、そのとき長女は5歳、長男は3歳で、昨日「シン・ゴジラ」を観に行った次男はまだ生まれていませんでした。
一人まだ足らないのですが、まあ、いわゆる「父から子へ」の輪廻ということです。

その後は、平成ゴジラシリーズが封切られると、いつも子どもを連れて映画館へ行っていました。
この時期はテレビでの放映も多く、そのときに録画した怪獣映画のビデオは、私が子どものころの作品を含めて、家にたくさんありました。
これを見ながら育ったのが次男の方です。
そして、何と親の私もゴジラ映画が好きになっていったのです。




今や私は大人のゴジラファンですから、一家言どころか何家言もあり、しゃべらせると長くなります。
そこで一つだけ。
昭和ゴジラシリーズが子ども向きになって面白くなくなった要素を考えてみると、次のようなことがあげられます。

① 子どもが登場する。または、怪獣と何らかのつながりのある人間が出てくる。
② 怪獣同士が意思を交わしたり、協力し合ったりする。最悪、話し合うこともあった。
③ 野原や無人島など、人間の生活と関わりの遠い場所でのシーンが多くなる。またはそこで戦ったりする。

これはどの時期のゴジラでもときどき感じることで、あまり突き詰めて考えると、第1作しか観られなくなりますが…。


話を「シン・ゴジラ」に戻しますが、ネタバラしは無粋なので、この①~③の場面はないということだけを伝えておこうと思います。
私にとって、面白い映画でした。





PS.大森一樹監督の2作品が好きです。

   「ゴジラ対ビオランテ(89)」
   「ゴジラ対キングギドラ(91)」

  上で言っていることと整合性がなく、勝手なんだけど。


<おわり>




シン・ゴジラ ; その1


息子に誘われて、「シン・ゴジラ」を映画館で観てきました。
誘ってきたのは次男の方で、2年ぐらい前のアメリカ版も彼の招待で、ヨメさんと3人で観ています。
彼は自分が観たいというのもあるけれど、この「ゴジラ映画鑑賞」を一つの親子のふれあいと思っているようで、おカネを出してくれます。
今回は2人でしたが、それなりに息子と「ゴジラ論」を話し合えて、楽しかったです。
親を誘うのは、「もう大人だから、一人で観に行くのはカッコ悪い」と思っているからなのでしょうか。


2016年07月30日、godzilla_a


もち論、私もゴジラファンです。
が、中断時期があります。

記憶をたどると、一番最初に観たゴジラは「キングコング対ゴジラ」です。
当時、日本映画史上に残る興行成績を残したということですから、多分オヤジが5歳ぐらいの子どもが喜ぶと思って連れて行ったのだと思います。
実はこの「キン&ゴジ」、戦っている光景をうっすら覚えている程度なのですが、次の「モス&ゴジ」を観たときはゴジラの存在を当たり前のものと感じていました。
そのあと、「地球最大の決戦」と「怪獣大戦争」はオヤジと観に行っているはずです(三代にわたってゴジラを観ているのかよ)。

次の「南海の大決闘」は、初めて友だちと子どもだけで見に行った映画です。
オヤジもさすがに飽きていたのでしょうか。
岸和田市では、東宝映画は旧商店街にあった「電気館」という映画館で封切りされていたのですが、「東宝セントラル」という駅前のそれまで洋画を中心に興行していた映画館が、邦画と合併したようなところに変わりました。
映画館が少なくなっていく、そういう時代ですね。
はやっていたのは「怪獣」と「若大将」ぐらいじゃなかったのかなあ。

この当時、TVで「ウルトラQ」があり、それが「ウルトラマン」に替わって、空前の怪獣ブームでした。
面白かったですね。
カネゴン、バルタン星人、え~と、ピグモンとガラモンはどっちが先だったかな?

という感じだったのですが、「ゴジラの息子」は観に行かず、その後もゴジラには全く興味がなくなりました。
何となく、アホらしくなったというか、そんな感じです。
「ウルトラマン」は全部観ましたが、「ウルトラセブン」は全く観ていません。
ということで、ゴジラファンでも怪獣ファンでもなくなりました。


<つづく>




松本城 探訪記 ; その3


現存天守に見られる急な階段です。
この五層六階の松本城には、このような階段がいくつかあります。
各階によって角度に違いがあるというものの、総じて今の階段と比べると、どれも急です。


2016年07月16日、09時17分10秒a


今までこういう急な階段は、下から攻め上がってくる敵を撃退するための防御性能のための形という話を信じていたのですが、最近それはおかしいなと思うようになってきました。

松本城のような大きな城となると、普通何重かの堀があります。
その堀を渡れるところには厳重な門があり、櫓が備えられていたりして、重要な防御地点になっています。
三の丸、二の丸など城の縄張りがあり、普通どこが天守への近道かは、そう簡単にわからないように造られています。

もし城攻めをしてくる敵にそれらの防衛ラインをすべて突破され、本丸または天守の下の階まで侵入されたとすれば、勝負はもうすでについているといえます。
そこまで攻め込んでくる敵の数は、天守まで後退してきて上の階にこもって戦う味方の数とは比べものにならないぐらいの多さだと思います。
あくまで徹底抗戦するならば兵糧攻め、合戦終了後に利用価値がない城であれば下から火をかけられるでしょう。


2016年07月16日、09時31分10秒a


つまり、急な階段は防御性能を上げるために、わざと急にしたものではないということです。

その証拠になるかどうかわかりませんが、階段または階段付近に「手すり」のついているところがあります。
観光客用の安全対策のためにあとで付けられたのではなく、もともと城ができたときから付いているだろうと思われるものがあります。
防御性能のためだけなら、階段は簡単に取り外しのできる構造のもの、またはハシゴのような形状のものにしてあるはずなのです。


2016年07月16日、09時37分28秒a


木造で屋根がある高層建築技術が中国から伝わり、寺院などが造られるようになるのは飛鳥時代あたりからと思います。
三重塔、五重塔、金堂などで、もち論中に入ったことはない(最近できたものを除く)ですが、形状から考えると階上へ上がるのに、そんなに立派な階段があるとは考えられません。
ハシゴ程度のものではないのでしょうか。

それ以外で考えられる高い建築物は砦や櫓ですが、どれも2階以上の部分を居住スペースとは考えていません。
その発展が城郭ですから、この階段を初めて通る当時の人は、「何と急で、上りにくい階段」ではなく、むしろ反対に「何と上りやすいハシゴ」だったのではないでしょうか。
2階以上が居住空間ではなかった時代には、床面積をたくさん必要とする緩やかな階段は、必要がなかったということです。
そもそも、当時の設計者には緩やかな階段を造る発想がなかった、という方が正しいかも知れません。


「天守」という建築用語ができた背景には、織田信長が自分のことを「天主」と名乗り、安土城の最上階にいたという記述が影響しているそうです。
最上階に招かれた客は、その最上階から見える景色に驚くとともに、信長の力にひれ伏したに違いありません。
そういう迎賓館的役割の中から、ハシゴが階段になっていったとも想像できます。

信長なら、最上階に住んでいてもそう不便はなかったかも…。
「水、飲みたい。」といえば家来がすぐに汲んできてくれるだろうし、トイレのことも全部してくれるだろうし。
係の人はたいへんだなあ。



2016年07月16日、09時55分31秒a


松本城は、現存十二天守の中で、唯一の平城です。
現存天守が見たくて、今回のように城郭の見学をすることが多いので、平城を見るのは珍しいような気がしますが、思い返せば島原城や諏訪の高島城など、それなりに平城も訪れています。
実は、というか…、私の住んでいる市のシンボルである岸和田城は平城の区分なので、一番たくさん訪れているわけですが…。


<おわり>




松本城 探訪記 ; その2


天守への入口は、天守と小天守の間の渡櫓のところにあります。
小天守は乾いぬい小天守と呼ばれています。
見学ルートは、乾小天守 → 天守 → 辰巳附櫓 → 月見櫓の順です。


2016年07月16日、09時20分40秒a


ウ~ン、現存の木造天守のいい感じです。
日本の12ヶ所でしか味わえないこの雰囲気、サイコー。
400年前の、戦国期を戦い抜いた武将と同じところにいる、同じものを見ていると思うと、思わず無言になります。


2016年07月16日、09時35分56秒a


こういう木造の天守に入って、必ず目を奪われるのが天井です。
立派な梁が丸太の状態でそのまま使われているところに、すごく迫力を感じます。
木の組み方も面白いですね。


2016年07月16日、09時30分48秒a


10年ぐらい前に、仕事がらみの研修で、奈良県でお寺や神社など古い日本建築の修理をしている宮大工の棟梁の講演を聴いたことがあります。
棟梁といっても、そういう伝統的なものが専門の建築会社の社長さんですが。

こういう建築物、とくに年代の古い歴史的構造物になればなるほど、大きな木材の加工が自由に行えなかったので、その内部には丸太をなるべく太く長くそのまま使っていたり、曲がった木材を工夫して使っていることが多いのだそうです。
それでも、その建築物は当然真っ直ぐに立っていますし、外側から見ると歪んでいたり曲がっていたりする部分が見えないように造られています。


2016年07月16日、09時30分20秒a


これは、現場で経験を積むことによってしか得られない「木組みの技」ということです。

この講演は教育関係の研修会で聞いたもので、内容をすべて覚えてはいませんが、そういう材料と完成品との関係は、子どもと学校、または子どもと社会規範の関係と同じところがあるのではないか、ということがまとめになっていたように記憶しています。
演題は「ふぞろいの木をまっすぐに…」とかだったと思います。

それ以来、現存天守を始め、歴史的な大きな木造建築の中に入ったときは、私はいつもこの話を思い出しています。


<つづく>




松本城 探訪記 ; その1


今回の旅で立ち寄った松本城は、その均整のとれた姿に心を惹かれ、たくさん写真を撮ったので、ご紹介していこうと思います。


2016年07月16日、10時05分47秒a


まず、松本市役所のある東側の太鼓門より、城内に入っていきます。
この門は二の丸に入るための門です。
二の丸の東側はかなり完全な形で残っているので、2回堀を渡らなければ本丸に入ることができません。
また二の丸には、藩の政務を行った建物の遺構あとが、説明入りで整備されていました。


2016年07月16日、08時48分12秒a


次に、下の画像にある黒門二の門を通ります。
ここに入るときに、本丸および天守が見えます。
二の門を通るとチケット売り場があります。


2016年07月16日、08時54分22秒a


このチケット売り場の向こう側に、本丸に入るための重要な入口である黒門一の門があります。
そして、この一の門と二の門に挟まれた狭いスペースを、枡形虎口ますがたこぐちと呼ぶそうです。
防御のために、どんどん発展した城の門の形の一つです。

甲冑を身にまとった武者がいます。
帰りは、お姫様もいました。
ありがとう、暑いのに。


2016年07月16日、08時57分57秒a


黒門一の門を通ると、いよいよ本丸に突入?です。
城を見学するときは、常に攻め落とす側の気持ちになって進んでいくのが、私の楽しみ方です。
だから、前方や側方を見上げ、火器や弓矢で自分を狙っている敵がどこにいるのかを調べながら歩いて行きます。
ワクワク。

本丸に入ると、天守の前に広大な芝生のスペースがあります。
これは本丸御殿跡といわれています。
城主の居所と迎賓館的なもの、また政務を行う建物があったと考えられますが、江戸中期に火災で焼失したとのことです。
このうちの一部の機能が、前述の二の丸に移ったとのことです。


2016年07月16日、09時12分04秒a


天守は五層六階の堂々たる高さを誇っています。
天守台のレイアウトについて勉強しました。
左側に辰巳附たつみつけ櫓、月見櫓があるので複合式、右側に渡櫓を介して小天守があるので連結式。
ということで、この松本城は複合連結式と呼ばれるスタイルだそうです。
月見のできる櫓って、そんなもの普通城郭にはないので、この点は最初からこの形だったかどうかちょっと疑問。

≪追記≫
徳川家光、善光寺参拝のために造られたそうです。
参拝は結局中止。



それにしても、天気がいいですね。
私の松本城の印象は、この空の色と雲の形で、さらに上昇します。


<つづく>




プロフィール

Rip

Author:Rip
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年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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