哀悼


飛行機事故で亡くなったシャペコエンセ(ブラジル)のチームの犠牲者に、哀悼の意を表したいと存じます。


2016年11月30日、Chapecoense_Brasileirao_a


南米クラブ選手権であるコパ・スダメリカーナ決勝が目前の事故、たいへん無念です。
対戦する予定であったアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)は、優勝の名誉をシャペコエンセに捧げるとしています。




福知山線 廃線跡ハイキング(11/21編) その3


散策できる廃線路は生瀬駅まで伸びているのではなく、途中で終わっています。
そこから先は、道路工事などで痕跡がなくなっています。
この地点は、生瀬駅と西宮名塩駅のどちらからでも同じぐらいの距離なので、有料駐車場のある西宮名塩駅を利用して散策をする人もいるようです。
なお生瀬駅周辺には、ちょうどいい駐車場が少ないとネット情報に出ていました。


2016年11月21日、hukuchiyamasen_kakedao_namaze_a
                                                   ※ 朝日新聞DIGITALより

ヨメさんとAさんはUターンして往復で散策を、そして私の義理の姉さんは一般道を通り、生瀬駅に向かいます。
生瀬駅はできたころは有馬口駅という名前だったそうで、「大多田橋」という交差点があります。
何だ、この交差点は有馬温泉を通る抜け道じゃないか。
バイクで来たこと、あったんや。

生瀬駅は快速が停まりませんが、衛星都市から大阪へ向かう私鉄の駅と何ら変わらない今風な様相です。
電車に乗って、大きなニュータウンがある西宮名塩駅を通り、武田尾駅をめざします。
新線は複線電化され、高規格なトンネルでこの旧線の西側の山を貫いています。
トンネルと同時に中間に新設された西宮名塩駅は、住宅開発による人口急増とリンクするものです。
1日に1万人以上の乗降客がある駅で、快速が停まります。
ニュータウンはここだけでなく、もう少し向こうの三田市の方にもあります。

各駅停車の普通電車は10両ぐらいある長い編成でした。
そして終日、普通電車の本数が1時間に4本確保されています。
この新線区間は大半がトンネルで、駅だけが地表に現れるという、まるで神戸市を走る山陽新幹線のような路線です。
30年前に、単線のレールの上をディーゼル車がゆっくり走っていた姿とは大違いです。

このようにJR福知山線は、人口急増地の乗客の獲得を目的とし、競合する阪急宝塚線に勝つために、改良、改編が行われました。
スピードアップや複雑化したダイヤ編成は、2005年に尼崎駅 -塚口駅間で起きたJR福知山線脱線事故の遠因になっています。


2016年11月21日、14時24分14秒a


到着した武田尾駅は、クルマの走る道路側から見たときは小さな建物だったのですが、中に入るとその構造はなかなかすごい駅です。
武庫川を渡る鉄橋を挟んで、両側にトンネルがあります。
駅は大半が宝塚市側のトンネルの中で、それでも足らないのか、残りは橋の上にはみ出しています。
温泉だけがあって、周辺の人口は極めて少ないと思われる駅ですが、中は近代的な地下要塞みたいです。


2016年11月21日、150808_Takedao_Station_Takarazuka_Hyogo_pref_Japan01s5[1]
                                               ※ ウキペディアより 「武田尾駅」

福知山線は、この複線電化によって、大きくその存在意義を変えました。
中国自動車道から見える、山間部を切り開いた巨大なニュータウンは、このような鉄道によって支えられていることがわかりました。

廃線路を歩くハイキングだったのですが、新旧の鉄道のあまりにも違った姿を対比する社会勉強にもなった一日でした。


<おわり>




福知山線 廃線跡ハイキング(11/21編) その2


武田尾駅の横には1日500円の駐車場があり、前日に予約ができました(前日から予約可)。
本当は福知山線を利用して行くと便利がいいのですが、あとの行程のこともありクルマ移動です。


2016年11月21日、11時36分05秒a


メンバーは4名です。
ヨメさんとその姉さん、近所の山ガールのAさん、それと私です。
Aさんは、日本の方々の山を制覇しているなかなかの人です。
この廃線路も、以前に歩いたことがあると言っていました。

私の役目は運転手、または周辺情報を収集する添乗員みたいな感じでしょうか。
廃線路散策の話が盛り上がったので、便利だから連れて行かれた、に近い。


2016年11月21日、11時33分40秒a


トンネルの中に入ると真っ暗です。
自分たちのヘッドランプや懐中電灯の明かりを頼りに進みますが、トンネル出口の明かり、向こう側からやってくる人の光があるので心細いことはありません。
ところが曲がっているトンネルで出口が見えず、向こう側から来る人がいなくなると、ホントに黒い壁に向かって進んでいるような感じになります。
そんなときに、急に明かりを持たない人が進んできて、ビックリしたことがあります。
対向する人のためにも、明かりの準備は必要です。

一人で山の中にいたら、進む気にならないと思います。
そういう趣味の人でないと、まず無理でしょうな。


靴は、登山用のしっかりしたものを履いていきました。
これは正解。
この廃線路は、ほとんどの部分に枕木が敷かれたままになっています。
ほとんど地面に埋められているので大丈夫ですが、ときどき完全に平らになっていないところもあります。
意識して、枕木に歩幅を合わせたりすると、たいへん歩きにくいです。
特にトンネルの中は、下ばかり見ていると全然前を見ないことになって危ないです。
しっかりした靴なら、多少のデコボコは無視して歩くことができました。


2016年11月21日、11時45分12秒a


散策は武田尾駅から生瀬なまぜ駅までの下りコースです。
この武田尾駅-生瀬駅間の区間は単線非電化だったところで、1986年に廃線となっています。

線路の横を流れる武庫川を境に、大まかに言って北東側が宝塚市、南西側が西宮市になっています。
今回は武田尾駅から生瀬駅まで歩いたので、始めは宝塚市で、途中の鉄橋からあとは西宮市を歩いたことになります。


2016年11月21日、福知山~1
                                   ※ ウキペディアより その上の画像と同じあたりか?

勾配のなだらかな道が続き、急な曲がり角が全くないハイキングコースです。
武庫川の流れはなかなかきれいですが、最初から終わりまでずっと同じ景色です。
紅葉は抜群というほどではありませんが、ところどころにきれいなところがあります。
まあ、関西だからこんなもんか。
鉄道遺産の珍しさを除けば、山の好きな人や健脚の人には少し物足りないコースかも知れません。

反対に小さな子どもにはいいかも知れません。
小学生になれば、1年生でも十分に歩ききることができると思います。


2016年11月21日、12時35分37秒a


さあ、お昼ご飯。
座るところが少なく、ちょっと探しましたが、何とか清流の見える場所を確保。
往路の途中で買った弁当を広げます。
コンビニ弁当でも、こんな景色の中で食べるととってもうまい。
そして、食後のコーヒーも最高でした。


<つづく>




福知山線 廃線跡ハイキング(11/21編) その1


ハイキングコースとして整備された「福知山線廃線跡」を散策してきました。
オープンというか、正式に通っていいことになったのは、つい先日の11月15日です。


2016年11月21日、11時35分41秒a


新聞などで取り上げられたので、平日でもそれなりの人がいました。
多分、土日なら、もっとたくさんの人が歩いていると思われます。

武田尾たけだお駅の近くには駐車場が増設されていました。
ちょうど紅葉のシーズン、小学生の遠足もあり賑やかこの上なし。


2016年11月21日、10時54分21秒a


かなり前から、ハイカーや廃線ファンの間では知られていたコースだそうで、勝手?に侵入して散策を楽しんだ人がこれまでにもたくさんいるようです。
でも現実に転落死亡事故が起こり、敷地の持ち主であるJR西日本にとっては頭を悩ますタネだったようです。
今回のことは、鉄道会社と自治体が協力した結果とのことです。


2016年11月21日、11時14分24秒a


全長は5kmぐらいです。
廃線跡には、ほとんどの部分で枕木が残されていて歩きにくいのですが、これがこのコースの味の一つになっています。
またトンネルには照明がなく、ヘッドランプや懐中電灯が必要です。

この二つの点を除くと、このコースの体力的負担はたいへんイージーです。
線路は蒸気機関車時代に設計されたものなので、勾配はきついところでもせいぜい30‰(3%)ぐらいと考えられます。
だから、上りでも下りでもそんなに違いはなく、勾配を感じずに散策することができます。


2016年11月21日、11時24分25秒a


<つづく>




50年のタイムマシン 垣下商店


私が育った小学校のそばにあるお店です。
お好みを焼いているおばあちゃんが一人。

まだ、やってたんか! 垣下商店。
今でもおいしい!  というより、とてもおいしい。
また、このお店でお好み焼きが食べられるとは、涙が出そう。


2016年11月11日、12時03分40秒aa


50年前はお好み焼きが30円、タマゴを入れれば40円だったと思います。
タマゴは自分の家から持って行ってもよかったと記憶しています。
今はお好み焼き(大)で230円、(並)で200円、モダン焼きが400円です。
別に量が少ないというわけではないので、相場からいってあまり値上げしていないといえますね。

焼き方は昔も今も一緒です。
最初に鉄板の上でメリケン粉を落とし、玉じゃくしの背中で薄く丸く塗るやり方で、今から考えると広島焼きです。

子どものとき、この店でこちらの焼き方の方を先に知ったので、これが一般的だと思っていました。
金属カップの中で混ぜてから焼く方法は、あとで知りました。
それで、玉じゃくしを使う焼き方が「洋食」とか「洋食焼き」で、金属カップを使う方法が「お好み」や「お好み焼き」だと、自分なりに分類していました。
間違いとも言えん?かな、広島焼きという言葉は当時知りませんでした。
おばあちゃんは、広島の方に血筋はあると言っていました。


2016年11月11日、09時39分04秒a


先週、新居浜から小学校時代からの親友であるTOBOくんがやって来ました。
自分の釣り用の宿泊可能な箱バンに、折りたたみチャリンコを積んで来ました。
それを引っ張り出し、一緒にサイクリングをします。
サイクリングといっても自然の中を走るのではなく、自分たちの小学校時代の校区を巡り、ノスタルジックな気持ちに浸るのが目的です。

この小学校区というのは、私が今住んでいるところではなく、5~6km離れた隣の市です。
ということで、家からそう遠くではありませんが、通るとすれば校区内の旧国道を素通りするぐらいで、滅多に行くところではありません。

忘れていた景色が次々と現れます。
涙が出てくるような、なつかしい場所がいっぱい出てきます。
特に、クルマでは通れないような細い道は、私たちが子どものころに走り回っていた遊び場です。
こんなに狭い道やったんや。

子どものころの同級生の家があると、そのころの話題が次々と出てきます。
かわいかった女の子の話も…。(もう会いたくはありません。イメージ壊れるし。)
街のようすが大きく変わっているところとあまり変わっていないところがあり、そのどちらにも心を動かされます。


2016年11月11日、12時48分02秒a


トップ画像のおばあちゃんは87歳だそうです。
高齢のために、隣にあった一文菓子屋部分は経営縮小。
私たちと歳の近い子どもがいるそうですが、それは知りませんでした。

TOBOくんが、50年前にこの店にいた先代のおばあちゃんの話を始めました。
今はこの女の人がおばあちゃんですが、その姑にあたる人のことです。
細かいところは覚えていませんが、「あの先代のおばあちゃんは気が強かったなあ。」というようなことを言った途端、このおばあちゃんは急に堰切ったようにペラペラしゃべり出しました。
ご想像通りの「嫁姑の物語」です。

でもその話がきっかけで、そのあとも話題は尽きずに大盛り上がり。
TOBOくん、さすが好成績を誇る営業マン!


2016年11月11日、100430_085609aa


釣りの好きなTOBOくんは、この川の堤防とレンガ造りの工場の間を通って、よく海に行ったそうです。
防波堤と小さな砂浜がありました。
私も何回か釣りに行ったことがありますが、海にはまって泳いでいるヤツがいたりする、そんなふうに遊びが半分以上の釣りでした。
昭和の子どもらしい、いいショット。



今、大人になった目でこの校区を思い返すと、海岸線沿いにある工場の労働者が多く、借家率が高い企業城下町だったんだなあ、と思います。
周りは、お城のある城下町や歴史ある寺内町、豊かな農村で、そういう三つの小学校区に囲まれています。
それらの校区からすると、ちょっと見劣りするように感じますが、それだけに別のエネルギーがありました。
イメージとして、子どもがウジャウジャいて、路地で遊んでいるような感じ。
今はそれらの工場がほとんどなくなってしまい、普通の衛星都市型の町並みになっているところが多くなったように感じました。

タイムマシンに乗ったようなサイクリングが終了。
家に帰ると、玉手箱が開いていたというと、ちょっとキザかな。




プロフィール

Rip

Author:Rip
性別 男
年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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