暴力的な加速


私が初めて乗った大型バイクは、カワサキ500SS MachⅢです。
若かったせいか、または分別がなかったせいか、よくシグナルグランプリをやっていました。
タコメーターの針がかなりのスピードで駆け上がっていくようすは何ともいえない陶酔感がありますが、それ以上に感じていたのは、「自分では制御しきれないような恐怖感」でした。


2018年01月24日、tachometer_a
※ 画像は借り物。本文と直接関係ありません。


現在のリッターオーバーのバイクは当時のバイクよりももっと速いでしょうが、歳を重ね分別ができたので、もちろんそういう運転をすることはまずありません。
でも、ある特別な条件がやってきたとき、例えばクルマを追い越したり、友だちと走っていて何かの拍子で急にスピードが上がったりしたときに、少し似た状況になるときがあります。
言葉でいえば、エンジンのパワーが私の運転能力を超えているような感じ。
また、自分がマシンをコントロールしているのではなく、マシンに乗せてもらっている感じ。
私にとっての大排気量バイクの「危険な魅力」といっていい。


パワーの出方は、当たり前のことですがエンジンによってかなり違いますね。
最初のMachⅢはトルク変動が激しく、ある回転域で急に力を発揮するので、ある意味面白いけど不安定な感じです。
一般的に4気筒の4stマシンならタコメーターの針の動きはとても速く、高回転で滑らかです。
でもここまで回転あげてもいいのか?とか、つい思います。
今乗っているMT-01はちょっと変わったエンジンで、回転の上がりよりもスピードの上がりの方が多いような錯覚をします。
排気量が大きいので、チェンジを伴わない追い越し加速はとても速く、このバイクの魅力です。
以前ヤマハコミュニケーションプラザで聞いた話の中に、「ストップウォッチではない体感的な速さ」と表されていました。


いつまで経っても、私にとってビッグマシンはどれも「自分では制御しきれないような恐怖感」を感じる乗り物です。
免許証を取得してから45年目を過ごしていますが、最初から、そして今でも、あまり変わっていないように思います。




岸和田の歴史「藩校と寺子屋」


岸和田市内の公民館が主催する市民向けの趣味・教養講座に参加してきました。
題は「藩校と寺子屋」で、江戸時代に作られた岸和田藩の藩校のことや市内各地にできていた寺子屋の話を聞くことができました。

岸和田藩に藩校ができたのは1851年(嘉永4年)で、270ぐらいあった藩の中では遅い方だということです。
場所は上砂町(砂町とは現在の岸和田市北町とほぼイコール)です。
寺子屋は他地域との商業が盛んになるにつれて、武士以外の民衆にもその必要が増えていったということで、市域内の各地にあったようですが、文書資料などが少ないので、他地域との比較を交えながらの構成となっていました。

内容は、明治期の学制導入による混乱期や学校制度の変遷までを含んでいましたが、実際の市内の小学校の名前が出てくるので、よくわかりました。

隣に座っていた受講者は私よりも年配に見えるおじいちゃんでしたが、講師に合いの手を入れるところや質問の内容などは、かなり歴史的ハイレベルな感じでした。
うっ、恥ずかしくて、うかつに質問などできない…。



2018年01月21日、hankoutoterakoya_a


この講演会に行った理由は講師の行龍男先生を以前から知っていたからで、久々に先生の面白い話を聞こうと思いました。
先生の話は今までに5、6回聞いたことがあります。
歴史を含む分野が先生の専門ですが、その幅は市の学芸員さんよりも広いんじゃないかなと思うぐらい広範囲に及んでいます。
岸和田市の生き字引といえるような郷土歴史研究家といっていいと思います。
この人が知っていることを順に全部しゃべったら、多分1年ぐらいは掛かるんじゃないかな。
それでいて、もと数学の先生だったというから、ちょっと驚きなんですが。




語録ではありませんが、以前の先生の話で印象に残っているものがいくつかあります。

◎「新しい道路ができたら、絶対にすぐに通らないといけません。やがてその道は、その地域の社会に大きな変化をもたらします。」
●これは、実際私は今やっているといっていい。

◎「幕末に洋式訓練が取り入れられるまでは、手と足は同じ方を出して歩いていたのではないかなと思っています。合戦の絵図などでは、みんなそういう歩き方をしています。刀が重かったからかも知れません。」
●試しに、荷物を左手で抱きかかえて走ると、なるほど、そういう感じになるなと思いました。

◎「古墳の堀は、始めはカラ堀だったと考えられます。」
●私はそれまで、最古のため池といわれる狭山池が造られる以前の古墳に、水堀が回りに備わっているものがあることを不思議に思っていました。




講演が終わったあとに、軽く挨拶をしておこうと思ったところ、「まだ、だんじり曳いてるか?」と聞かれ、「今度、シリーズで出してる本の中でだんじりを取り上げるから、手伝ってくれへんか?」と言われました。
「ギョ、ギョッ。え…、オレが?」と驚きましたが、これからも先生とは顔を合わす機会があるだろうから、ここは一つできることはやってみようと思いました。
多分、何かの文章を書くとか言ってたけど、このブログにもときどきだんじりのことを書いているので、まあ何とかなるでしょう。




和歌山街道ツーリング【五条~橋本】(1/18編)


「頭の中に思い浮かぶ道路地図から、一番新しい道を一つ消してみる。
同じ要領で、二番目、三番目と順番に消していくと道の数はだんだん減っていき、最後に何本かの道だけが残る。
一番古いであろう道を探して、そこを通るのが旧街道ツーリングだ。
どの道を順に消すかは、ある時代に新しい道がなぜ必要になったかの理由を考えなければいけないので、案外歴史や地理の知識が必要になってくる。
それを考えるのが楽しい。
そして、その道しかなかった過去の時代を空想しながら、その景色の中をツーリングする。
バイクと歴史趣味の合体。」

たいへん気取った言い方になりましたが、これが私の街道ツーリングです。


2018年01月18日、14時28分49秒a


この先に見えるのは、五條市の本陣交差点です。
南から北を撮影しています。
この道はR168の現道で十津川ツーリングの帰りに通るので、この景色に見覚えのある人は多いかも知れません。
左側にあるのは重要文化財の栗山家住宅です。


この位置から西側を見ると、明らかに旧街道という感じの通りが見えます。
これが和歌山へ続く旧街道です。
「まちなみ伝承館」にいた市職員さんの人の話では、街道はここで90°曲がっていて、一旦北上してJR五条駅の方へ続いていたそうです。
だからR168の一部も旧街道筋になります。


2018年01月18日、14時29分28秒a


なお市職員さんは、本陣交差点を境に西側の五条市-和歌山市間は大和街道、東側は伊勢街道と呼んでいました。
和歌山県でもそういっているらしくて、道路から別れる枝道には随所に旧街道を示す石碑が建てられていました。
この表示を見る限り、この区間の歴史街道をアピールする意欲は、奈良県より和歌山県の方が強いようです。


ただ大和街道、伊勢街道という呼び方の道はそこここにあってややこしいので、私はもう一つの呼び方である「和歌山街道」ということにします。
これだと一つしかないので特定しやすい。
ということで、ブログのタイトルも和歌山街道ツーリング。


2018年01月18日、15時05分46秒a


旧街道を東から西に向かって進んでいきます。
この道は新町通りといって、以前徒歩で散策したことがあります。
たいへん趣のある通りです。
歴史的な建物がたくさん並んでいます。
見学できるものあり、住民が現在も住んでいるので見学できないものあり、さまざまです。


下の画像は、この新町通りと交差する、幻の鉄道である五新線の遺構あとです。
この高架橋はこの北側でR24を跨いでいました。
道路拡幅工事があり、完成後は復元される計画だったのですが、住民の反対でなしになったようで、この鉄道橋を観光資源に使うことは不可能なようです。
高架橋と民家は、バイクで通れないところがあるぐらいかなり接近しています。


2018年01月18日、15時09分25秒a


このあと旧街道はR24の北側に一旦出て、JR大和二見駅周辺を通ります。
そのあと、また南側に回り(多分です。自信ないけど。)、また北側、南側と等高線に沿うような道筋をたどり、最後にJR橋本駅周辺に到着します。
駅前通りとR24の間にある細い道が街道筋です。

道はまだまだ続きますが、本日の私のツーリングはこのへんで終了です。


2018年01月18日、15時41分49秒a


和歌山県に入ると下のような石碑があるので、気を付けて走ると簡単に見つけることができます。
斜めにそれていく道や入ってくる道は要注意ですね。
気づかずに新道を進んでいて、またバックってことはしょっちゅうです。

そう、街道探索はすごく時間が掛かるんです。
でも見つけたときの喜びはひとしおです。
共感してもらえますよね、一部の人だけと思うけど。

ただ一つ、旧道というものは必ず先へとつながっているんです。
道路変更や改良工事によってややこしくなっているところはありますが、やっぱり目的地にちゃんと着くことができる!


2018年01月18日、15時47分20秒a



苦労話 ; その1
旧街道は、一方通行になっているところや歩行者専用時間帯のある道路が多い。それに道路工事は気軽に通行止めにしてしまう。

苦労話 ; その2
コンビニがほとんどない。一旦新道に出なければトイレに行けない。

苦労話 ; その3
カンが外れ、バイクしか通れないような道に入ってしまった。女の人が不思議そうな顔をして、道を空けてくれた。その先には一軒の家だけが…。何とかUターンして戻ると彼女は同じ場所で待っていてくれた。カッコ悪かったが礼を言った。多分その家の人だったんだろう。

苦労話 ; その4
生活道路を通ることがあるので、安全には気を付けている。特にスピードは自転車より遅い。

苦労話 ; その5
思案のための一旦停止とUターンの連続、何回したかわからない。トリッカーでないと行けない。







※ 関連バックナンバー
「本陣交差点の地下歩道」
  http://nakanakanarenai.blog20.fc2.com/blog-entry-389.html
「五條市散策」
  http://nakanakanarenai.blog20.fc2.com/blog-entry-388.html




広川から日高川へ(1/16編)


寒い日が続きましたが、やっと気温の高い日が訪れました。
「バイクに乗るのに、理由なんか要らない。」そうですが、特に行く当てがないので足の向くまま、というのがホント。
MT-01 スタート!


2018年01月16日、14時10分37秒a


阪和道を南下し、広川ICから広川ダムへ。
ここは、ダムを越えてもう少し行ったところにあるトイレ休憩場所。

ちなみにこの道を進むと金屋に抜けるらしい(舗装路…?)。
かなり山の中をウロウロしなければならなさそうですが…。
すごい道を気軽に教えてくれるおばあさんがいました。
お礼は言ったものの、Uターンしました。


2018年01月16日、14時12分11秒a


おっ、ここにはいい焼肉パーティースペースがあるぞ。
駐車場あり、トイレあり、川のそば、そこそこ広い、そして無料。
さすが広川ダムのさらに上流、山の中だけのことはある。


2018年01月16日、14時37分57秒a


それ以上山の中へ行くのはやめて、快走路を走り御坊市方面へ。
この川は日高川です。
よく走るR424椿山ダムの下流に当たります。

14℃ぐらいだったので、寒さのストレスがなく快適そのものでした。
服装は極寒仕様ではなく、一般冬用の革ジャンと革パンで十分でした。




御坊市からは海岸線の方へ、冬の定番であるr24日御碕~由良町ラインを進みます。
途中で、いつもいい景色だなあと思っている場所でストップして、下の写真を撮りました。
向こう側の林の後ろは海なので、この田畑は多分海を干拓したところではないかと思っています。

せっかく撮ったのに、逆光で何か変な反射光が写ってしまいました。
また次回の楽しみにします。


2018年01月16日、15時37分57秒a


大阪では前日もいい天気だったのですが、和歌山県のこのあたりは朝ぐらいまで雨が降っていたようです。
山の中だけかと思っていましたが、海岸線の方も同じで、日陰のコーナーだけ軽く濡れています。
完全ウエットではないですが、ちょっと気持ちが萎えます。
気分が乗ったところからトーンダウンへの繰り返しでした。


2018年01月16日、16時09分59秒a


ここも定番の白崎海洋公園です。
今までに10回以上は来ていると思いますが、どうも季候のいい時期に来た覚えがありません。
暑いとき2、3回、あとは全部寒いときだったと思います。



バイクの保守ツーリングというよりも、なまった身体のリハビリツーリングって感じでした。
久しぶりに乗るときは、いつも「こんな重たいバイク、乗れるのかな。」と思いますが、一旦動き出したら何ともなく、楽しく乗れますね。
早く、暖かくなれ!






【旅のスナップ】

2018年01月16日、13時28分24秒a
※ 往路の紀ノ川SA。ここの花壇は、冬でもいつもよく手入れされている。バイクは1台なのでのびのびと。


2018年01月16日、16時53分46秒a
※ 復路の吉備湯浅PA。ハーフアンダーカウルのブラックバード。来たときはBMW800かと思った。しばし談笑。


2018年01月16日、15時44分02秒a
※ まだまだ使えるミシュランPR4。「ZR」の文字がイヤに光っていたので撮った。「HR」でもオレには問題なさそうだが。




外国のニュースはどんなだろう


日本の国内にいて、テレビやネットで流されているニュースを見ていると、「果たして、このニュースは海外の国でも同じようなニュアンスで流れているのだろうか。」と疑問に感じることがあります。
それは、主に北朝鮮の核開発やミサイルがらみの話なんだが。
外国語はわからないんだけど一度見てみたいなと思います。


中国やロシアでは、多分日本とは全然違う感じだろうなあ。
日本は、アメリカ合衆国とそんなに変わらないだろうなあ。
中間的な立場のヨーロッパ人は、どんなふうにこの問題をとらえているんだろう。
もしかして、それらの国では国民が大して興味を持っていないので、めったに取り上げられることがないかも知れません。
比較的近隣といえるアジアの国はどんなだろう、特に韓国はムン大統領の対話方針もあり、日米とはちょっとスタンスが違うなあ。


基本的に言って、北朝鮮と利害が相反する立場の国家に順番を付けるとしたなら、一番が韓国、二番がアメリカ合衆国で、日本は三番目ぐらいの国になると考えられます。
今のところ安倍政権はアメリカ合衆国と歩調を合わせて共同戦線を張っていて、この話の順番では日本は世界の中でたいへん上位にランクされることになります。
世界の多くの国が、日本やアメリカ合衆国と同じ感覚を持っているとは考えられません。
日本に住む私たちには、ミサイル通過など北朝鮮に対して敵対感情を持つ要素がいくつかありますが、世界の人々がみんな自分たちと一緒だと考えると、ちょっと見誤るところが出てくるのでは。


例えば、その全く反対の条件になるのが中国です。
現在、極東におけるアメリカ合衆国の軍事的な最前線は韓国と北朝鮮の国境なので、北朝鮮は中国本土がアメリカ勢力と距離を保つことのできる緩衝地帯、または大きな盾となっています。
ロシアもこの点では中国と利害が一致するので、この二ヶ国にとって、北朝鮮はアメリカ合衆国に対する有効な外交カードになり得ます。
冷戦時代とは少し感覚が変わったとはいえ、両国とも国連安全保障理事会の常任理事国である大国で、朝鮮半島が韓国主導で統一されることは絶対に許しがたいと考えています。
このことは北朝鮮という国家が存立する強い生命力になっています。




そういうことを意識したとしても、私は日本の国内に住み、日本の利害と共に生活をしています。
日本以外の国のことを知ったとしても、特にそれが直接自分のためになるわけではありません。
が、まあ…知る方がいいと思う。
ということで、いろいろな国のスタンスやその国民の考え方を比較できるようなニュースがもっとあればいいなあ、と感じています。




プロフィール

Rip

Author:Rip
性別 男
年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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