もし病気が治らなかったら


歩きにくい状態が続くということは、できないこと、つまり行動の制約がたくさんあるわけですが、治らなかったらどうなるかを想像してみました。
時間があると、いろんなことを考えてしまうものです。



まず日常生活が著しく不便になることは確実で、それは受け入れざるを得ない、避けて通れないことです。
その深刻な話は置いといて・・・。

遊びの分野、特に「旅編」です。
MT-01のような大型バイクは乗れない、トリッカーは乗れるような気がしますがハイエースに載せることはできません。
この二つは難易度の高い動作となります。
サドルの高いチャリンコも無理でしょうな。
いろんな意味で、アクティブさの乏しいしょうもない旅になってしまうと思います。



次に「趣味編」です。
ブログは、今のような「何でも雑然型」からジャンル別のいくつかに分けていく方がいいと思います。
例えば「ニュース編」「バイク編」「日々つれづれ編」など。
もっと細かくても、書く時間は充分あるように思います。

でも、お城の記事などは実際にそこへ行くから書く気が起こるのであって、実地なしの文書資料読みあさりだけでは書く意欲がなくなると思います。
やる気もなくなって、何もしなくなるだろうなあ。
そういう「ぐうたらな傾向」に落ちやすい性格なので、どう考えても明るい未来は描けないなあ。



そうなってくると、やっぱり是が非でも身体を回復させなければならないことになってくる・・・。
結論見えてた話だけど。






脳梗塞の一週間


足のしびれを感じたのが先週の木曜日だったので、だいたい10日ぐらいが経過したことになります。
治っているかと聞かれると、「非常にゆっくりだけども、治っていっているような気がする。」と答えるしかないですね。
本人の感触となれば、どうしても希望的観測が含まれてしまうので、このぐらいしか答えようがない・・・。


クスリを飲むのと同時に、生活改善、リハビリのような動きもがんばっています。
このあたり、本人は至って真面目なつもりですが、このブログに真面目くさったことばっかり書いても面白くないので、ところどころ脱線しながら闘病記を書いていきたいと思います。


脳からの命令が届かない部分があるようになってわかったのですが、人間の身体は健康であれば素晴らしいものですね。
例えば膝。
健康な左の膝は、常に前後の力の配分を無意識のうちに調整してくれるので、いつもいい姿勢で立っていられることがわかります。
というより、右膝は今それができないからちゃんと立てないわけで、そうなって初めて健康な膝が常時コントロールのもとに動いていることがわかるわけです。


この命令を忘れている状態、たいへん困りますね。
たいへん変な感じです。
まあ、この感じはだんだんまっしになっているので、皆さま、ご安心ください。
(・・・って書いていいのかな。)
病人は不安なものですな。






えっ、とうとうオレが!


老人がらみの話ばっかり書いていましたが、今度は全く人ごとではなくなりました。

軽度の脳梗塞になってしまいました。
日常生活は何とかOKですが右足と右手に軽いしびれがあり、特に足は歩き方が変で、これまで通りの細かい動きはできません。
2~3ヶ月治療を続けて治る可能性は50%、まあまあ治るが30%ぐらいで、それまで大型バイクに乗るのは難しそうです。
回りの人は「治るよ、いつか治るよ。」などと言ってくれますが、運が悪い場合もありますわな。

まあ、これはお医者さんの話をもとにした私の予想なので、当てになりませんが・・・。


2019年06月22日、撮影日は06月21日_img035_aa


そして確実なデータとして、従来より気にしていた事実が一つ。
私の岸和田系の血筋は脳が弱点です。
私の祖父は脳梗塞、そのときは中風ちゅうぶと言っていましたが、長く患って死亡。
叔父さんであるその長男、次男も同様。
四男の息子である従兄は脳溢血で即死亡でした。

今回のことでタバコを吸うのは激減したが、いつか断ち切らねばいかんなあ。






『孔子は死んだ』 老人が尊ばれる時代とそうでないとき:その3


このテーマの記事は「その2」で「おわり」になっていましたが、それを「つづく」に変えて、もう少し思いつくことを書いてみます。


「70歳定年」の言葉が登場したとき、街を歩く人へインタビューしているようすがニュース番組で流れていました。
年齢層の違ういろいろな人が対象となっていましたが、印象に残ったのがある若い人の言葉。
「え・・・、70まで働かなきゃいけないの?」
若い人は、そういうふうに考える人がいるのか。
なるほど、自分が若かったときのことを思い出すと、彼には自分が60歳になることと70歳になることの違いは認識できず、どちらも遠い未来のように感じるだろうなあ。

私が話をしたことのある人の範囲では、働けるならいつまでも働きたいと言っている人は、若い人よりむしろ年配の人の方が多い印象があります。
そこで、どんな人が「70歳定年でもいいよ。」または「いやだなあ。」と答えるのか、いくつかの観点から考えてみることにしました。



<勤勉性>
人の一生をどう考えているのかで違いがありますが、リタイア人生で何かしたいことがあるのかないのか、また働いていない自分を想像したことのある、なしで、人によって大きな違いがあります。
健康に不安がなく、仕事が順調に進んでいるので、やめる理由がないというという人もいるでしょう。
逆に、若いころできた仕事に限界を感じていたり、直感的にノンビリしたいと思う人もいるでしょう。

<職業の種類>
仕事の内容で、知的労働の割合が高い人と肉体労働の割合が高い人では、当然違いがあります。
一般的に知的労働であれば高齢であっても続けられ、肉体労働であればそれが難しくなります。
そのため、知的労働では定年の規定がなかったり、もともと高く設定されている場合があります。

しかし、知的労働と肉体労働はキッチリ二つに分けられるものではありません。
例えば研究者であればその内容によって肉体作業を多く含むものがあったり、医師や一部の会社役員であれば勤務時間の不規則性や急な加重負担があったりしますので、職業の名前だけでは一概に決められません。
人それぞれの仕事の仕方によるところが影響しますが、身体の老化は多かれ少なかれ誰にもやってくるので、むしろそちらとの兼ね合いが大きいかも知れません。

<金銭面>
一つの観点だけで定年延長を考える人は少なくて、ここに挙げる三つの観点が人それぞれのウエイトで混じり合っていると思います。
その中で、この三つ目の金銭面というものは、あらゆる人が優先して考えるものではないでしょうか。

年金の恩恵を受けられない、または不十分である、もしくはカネはあるがもっと増やしたいと考えれば、なるべく長く働けることはいいことです。
そういうことを第一義に考えたら、定年延長は基本的に賛成になります。
しかし前述の残り二つの観点がそれに絡み、人それぞれの意見ができます。

働く意欲をなくさないように、収入があっても年金を減らさないという意見が出ていますが、これは政府の支出を増やすことになるので、そのまま採用されることはあり得ません。
負担増になる分を広く薄く、周りで負担する方法ならできますが、そんなことをしたら周りの人は収入減になり、貧富の差が助長されることになって社会福利の精神に反します。




政府の立場は、優れた社会制度である年金制度を安定的に維持したい、そのためにはパンクしないように財源の収支を合わしていきたいということです。
そのために、別に定年が何歳でもいいけど年金支給開始を上げることで支出を減らしたい、その政策を実行できるように世の中の雰囲気を醸成したいというのが今の動きだと思います。
老後の準備金2000万円の諮問で世の中が揺れています。
これも「自分のカネは自分で貯めろ。」というアピールをしたかったことの勇み足的な失態劇で、回りまわって年金の支出を減らすことが目的だったんだろうと思います。

それらを考え合わせると、年金制度を維持するために政府が打ち出す政策の第一弾が支給開始年齢の変更で、65歳から70歳になることが近い将来の確率の高い予想です。
そのために70歳定年という言葉が世に登場しました。
で、問題はいつ、それを行うかです。
60歳から65歳に引き上げられたときと同じように、ある年齢層に負担が集中しないように段階的なものになると思いますが、国民は大注目ですね。
特に、私と同世代の人たちはね。




国の財源は打ち出の小槌ではないのだから、修復不能になる前にいろいろ手を打っていかなければならないわけだけど、正直に言うと「オレの年金が減るのはイヤだなあ。制度改正はもうちょっと後にしてよ。」と思います。
大義より我が身かわいさ、何かセコいというかカッコ悪いというか・・・。

「老人が尊ばれる時代」というよりは「オレを尊んでよ。」という話になってしまいました。
でもこれって、ほとんど大多数の人が心で思っていることじゃないかな。


<おわり>






タンカー攻撃 アメリカの味方をせざるを得ないが・・・


ホルムズ海峡で起きた日本国籍のタンカーへの攻撃は、世界中の人々を驚かせ、国際的緊張とともに今後の米国とイランの対立に大きな影響を与える事件となりました。
これに関わって、米国内では「日本を仲介とした平和的な交渉を妨害するためのテロ行為で、イラン革命防衛軍が関わっている可能性がある。」という報道がマスコミで流れました。
米国が今後、対イラン強硬路線を強めるのは間違いなく、安倍首相のイラン訪問は全くの空振りに終わることになりました。
この訪問、アメリカとどういう確認があっての行動かはわかりませんが、中ロや中立的なEUサイドからはどちらかというと好意的に捉えられていたのではないかと思います。

日本国内の報道はアメリカサイドのものばかりなように思いますが、イラン側の意見として革命防衛軍の元司令官は「安倍首相の訪問を反イラン宣伝に利用するために、テロ組織が関与した。」いう見解を示し、具体的にいくつかの反政府組織の名前を挙げました。(産経新聞 THE SANKEI NEWS 6.13)
確かに、イラン側にはこの行動による利はなく、いわゆる動機がどこを探しても見当たりません。
またハメネイ師の親衛隊的性格のある革命防衛軍が、会談当日に行動を起こすことも考えにくいことです。




むしろ、動機という点だけで考えたら、この襲撃で一番得をするのは米国ではないかと思います。
対イラン強硬姿勢が国際的支持を得て、今後の外交カードが切りやすくなります。
こういうときに出てくるのがCIA。
トランプ外交の政治姿勢を察知して、独走する可能性があります。
1973年のチリのアジェンデ政権を倒したクーデターで暗躍したと言われていますが、ソ連崩壊後は露見するような目立った動きをしていませんでした。
また世界の対立構造が顕著になったので、活躍の場が増えたということです。

この場合、安倍首相はまるでピエロのような存在になってしまうのですが、そこはこれまで通りグッとこらえ、米国追随姿勢を取ることは間違いありません。
ホンネは、「米大統領がトランプでないときに総理大臣をしたかったなあ。」という気持ちがあると思いますが。




だいぶん想像の話が長くなりましたが、真相が解き明かされる可能性はなく、今後のことは力関係の優劣で進んでいくでしょう。
「国政を担うものとしては正義よりも大事なものがある。
 それは強いものについて、国民のメシのタネを得ることだ。」
何か残念なような気がするのですが・・・。






プロフィール

Rip

Author:Rip
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年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

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