帝国主義の時代③「内政干渉」


アメリカ合衆国議会は、香港に続いてウイグルの問題でも法案を可決させました。
人道的立場からの人権保護、または公務員の人権無視行為を弾劾するという謳い文句ですが、誰の目にもわかる明らかな内政干渉です。

学校で習った世界史では、内政干渉という言葉は戦争の起こる前の状態や、帝国主義的な侵略の場面でよく出てきた言葉だと思いますが、皆さまはどうでしょう。
それを目下世界No.2と目される中国に対して行うわけですから、何というか大胆というか尊大というか、改めてアメリカ合衆国の強大な力を感じずにはおれません。




まず中国側の立場から。
中国の立場の方が、歴史的には正しいことをいっていることになるかも知れません。
香港の一国二制度の発端は、イギリスとのアヘン戦争と植民地支配に由来しています。
返還されたときのいきさつでそうなりましたが、将来的には本来の一国一制度にしたいと考えるのは普通のことです。

シンガポール、クウェートなど世界の各地にある小さな面積の豊かな国はもともと欧米列強の植民地であったところで、彼らの力で貿易の収益率の高いエリアを周辺の地域から分離させて形作った国がほとんどです。
そういう国は実質的な宗主国が存在し、政治は安定していて人々の生活水準は高いのが普通です。
資源があったり、商業が栄えていたりしているところだけを取って、貧しいところは切り離すのですから当たり前です。
しかし、人種も歴史も同じ回りの国や地域に住む人から見て、もともとは一緒だったのにとか、その豊かさは何を持って得たのかという疑問や不満になります。
この問題は世界の各地で存在していて、帝国主義の負の遺産となっています。

そうはいうものの、もし自分が香港で暮らしている中国人ならどう考えるでしょう。
150年という長い植民地時代の中で、香港は発展し、人々は豊かな暮らしをしています。
中国返還などなければよかったというのがホンネです。
歴史の本来がどうであろうとなかろうと、もう何代も前から香港の現実の中で生きているわけですから。




ソ連崩壊以降、アメリカは世界の秩序の唯一の番人として、地球上で起こるほぼすべてのことに影響力を発揮してきました。
それは「平和を守る」とか「人権を守る」という形で行われましたが、言葉を換えていえば、今のままの世界を永遠に続かせることを目標としているとも言えます。
今の世界とは何かといえば、それは「アメリカが世界でNo.1であり続ける世界」です。
これは帝国主義ではないかなと思います

ただアメリカ合衆国のスタイルは変わってきました。
マスキー法という排ガス規制の環境問題を提起した、かつての正義感と博愛精神のある鷹揚さは過去のものになりました。
「平和」や「人道」という単語が「制裁」や「報復」という単語に変わり、環境協定の離脱やアメリカの利益だけを優先する「アメリカ第一主義」など、少し前のアメリカ人なら知性が邪魔をして言えなかった言葉や行動が次々と前面に出てきています。

アメリカが変わってきた大きな原因に、仮想敵国の顕在化が挙げられます。
中国の台頭は、アメリカ合衆国の地位を脅かす一番危険な存在です。
だから香港やウイグルの問題は、目下アメリカにとってたいへん都合のいい話題です。
クリミア半島問題が解決せず、ロシアとの対立も長期化しています。

もうすぐ2019年が終わりますが、これからの世界の問題のタネが次々と現れてきた一年でした。
いろいろなことを書いていて思うことは・・・。

帝国主義は続いている。
帝国主義はなくならない。


<おわり>






帝国主義の時代②「アメリカ合衆国の支配」


ウィキペディアで「帝国主義」を調べてみました。

帝国主義または皇帝制、帝制、帝政とは、一つの国家・民族が自国の利益や領土や勢力の拡大を目指すため、政治的・経済的または軍事などの面で他国や他民族に対し侵略・支配・抑圧し強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策である。その語源は「皇帝国家」から由来しており、元来「帝国主義」という語は、皇帝政治や帝国政治を意味する。

この説明によると、皇帝がいなくても帝国主義的な政策をとっていれば、それは帝国主義ということになります。
そういえば「第三帝国」と自称したナチスドイツにも、皇帝はいませんでした。
有力な皇帝がいない現在でも、それらしい政策をしていれば帝国主義は存在することになります。

1970年ごろの北京放送に登場していたアメリカ帝国主義ですが、ここ最近のアメリカ合衆国の外交はその言葉を彷彿とさせるような施策が連発されています。
トランプ大統領の言い方が高圧的なので、同じことをしていても目立つようになったのかも知れません。




アメリカ合衆国は20世紀の世界において、イギリスとの覇権争いに勝ち(二度の大戦によるイギリスの脱落ともいえる)、続いてソビエト連邦との覇権争いも征して(共産党体制崩壊によるソ連の解体)、並び立つ同等のライバルがいない絶対的な地位を手に入れました。
「一極集中」とか「我が世の春」と呼ばれていましたね。

アメリカ合衆国の支配のスタイルは、19世紀のヨーロッパ列強の植民地支配とは違っています。
政治的には相手の国の主権を認める形を取り、貿易などの商業活動でその国の中枢部分に深く入り込んでいきます。
やがて、アメリカなくしてはその国の経済が成り立たない国家が生まれます。
よくわかる例は日本ですが、今や世界中のほとんどの国がそうだといっていいのではないでしょうか。

アメリカ合衆国の影響力が政権の担い手を変えた例がいくつもあります。
古くはチリの軍事クーデターの中でのアジェンデ大統領暗殺が有名ですが、もう少しソフトタッチなものもあります。
社会主義的な傾向のあったミャンマー政権が気に入らないアメリカは、独立の英雄であるアウンサン議長を父親に持つアウンサンスーチー氏を民主化運動の名の下に全面的に支援して、世界の世論を誘導しました。
その時点でスーチー氏の政治的手腕は未知数でしたが、結局アメリカの意図通り、スーチー政権が発足することになりました。




1990年当時、アメリカ合衆国との経済協力関係なしに国家収支がトントン以上になる国は、トップクラスの石油産出国だけと言われていました。
サウジアラビア、イラン、イラクなどが名を連ねていましたが、この内サウジアラビアは親米政権です。
そうなると残りのイラン、イラクがアメリカに逆らってもやっていける国ということになり、攻撃対象となります。

イラクのクウェート侵攻が始まると、湾岸戦争と核疑惑によるイラク侵攻など約15年ぐらいの期間を使ってイラクを手に入れて、フセイン元大統領を暗殺しました。
その後年数を経ましたが、イラク国内はアメリカの指導下でものごとがスムーズに進んでいるわけではなく、国民レベルの反米感情は高いです。
イランに対しては、イラクのときと同じように、現在あの手この手でイチャモンともいえる喧嘩ををふっかけています。
この先何年かして、アメリカがイランの現体制の転覆に成功したとしても、人々はイラク同様に反米感情の高い国民として残るでしょう。

日本はインド洋に自衛隊を派遣することになりましたが、ホントにバカらしいなあと思います。
どのぐらい費用がかかるのか知りませんが、これぞ間違いなくアメリカ合衆国の機嫌を取るために日本の国民が払うお金ということになります。
もともとはトランプ大統領の核合意離脱から始まった今回の騒動。
トランプ氏の思いつきために、一体どれだけおカネを使わなければいけないんだ。
ドイツみたいなやり方ができないのかなあ。


<つづく>






帝国主義の時代① 「米帝と日帝」


1960年代の終わり、私が中学生になってラジオの深夜放送を聴くようになったころ、AM放送で中国からの放送が流れていました。
日本のどの地域で聴くことができたのかわかりませんが、その放送には「アメリカ帝国主義」や「米帝」「日帝」という単語が繰り返し登場していました。
興味本位で何回か聴きましたが、共産主義を賛美し資本主義を敵対視する表現は、当時はあったけれど今では滅多に耳にすることがなくなりました。

この放送は中国国際放送という名前で今もあるそうですが、当時は「北京放送」と呼ばれていました。
やがて、中国の国連承認やそれに続くニクソン訪中や日中国交正常化、毛沢東勢力の退行から市場経済導入の動きの中で、ラジオのチューニングダイヤルを回してもアジテーションを感じるハイトーンの放送が飛び込んでくることはなくなりました。



※ 1898年当時の帝国主義列強勢力図(ウィキより)
2019年12月27日、World_1898_empires_colonies_territory_a


帝国主義という定義ができた19世紀には世界中に植民地が数多く存在していました。
イギリスやフランスを始めとする国々は自国土の面積の何倍もある植民地を経営し、そこから得られる利益を収奪して自国を潤していました。
ところがアメリカ合衆国は自国土の面積の割合が極めて大きいのが特徴で、それ以外の地域に面積の大きな植民地はありません。
これがイギリス、フランス型と大きく異なる点で、アメリカと同じようなタイプにはロシアがあります。
このタイプは、広がっていった領地が地続きの国土であるという建前をとったので、第二次世界大戦後に広大な植民地が宗主国から独立して面積の小さな本国が残るというヨーロッパの国のような形にはなりませんでした。
そういう理由で、両国は今でも広い領土を持つ国になっています。

領土獲得の過程を見ると、アメリカはテキサスを使ってメキシコを侵略したし、ロシアは政治的に脆弱な地域に対し国際法を都合よく適用したということで、ヨーロッパ列強の植民地獲得の方法と何ら変わりはありません。
また先住民族は、知らぬ間に国家に組み入れられたり強制移住などの迫害を受けたりして、その存在は尊重されていません。
そう言ってみると、日本も極東において同じようなことをして、そういう支配を目指していたわけですが。




ただ現在カリフォルニアに住んでいる人で、ここがメキシコのままだったらよかったと思っている人は一人もいません。
それはアメリカ合衆国が国民を豊かにし、植民政策が優れていたことを証明する事実で、歴史を利用する敵対勢力が国内に生まれなかったことを表しています。
20世紀に入り、アメリカ合衆国が世界一に躍進する原動力になりました。


<つづく>






MT-01忘年会 2019 in 関西(12/21編)


去年に引き続き、今年もMT忘年会は飛田新地の「鯛よし百番」で行われました。
ここ女性の客も一杯来てるけど、どの道を通ってくるんだろう。
いわゆる「料亭」ののれん開けてる店が並んでいる通りを通ってくるんだろうかな?


2019年12月21日、18時31分49秒a


大阪市内に行くときにいつもと違う電車路線で行くことがありますが、この日もその例にならい阪堺線に乗ります。
まだ歩くのに少し不安があるので、徒歩の距離が一番短くなるように住吉鳥居前駅から今船駅を利用することにしました。
南海本線萩ノ茶屋駅利用と比べたらだいぶん遅くなるんだけど、まあチンチン電車にも乗れることだし、それもまた楽しというところ。

この住吉鳥居前駅、強烈に狭いというか線路幅よりも狭い。
真っ直ぐ真ん中に立っていないと、前の電車、背後のクルマに引っかけられそうです。

そして駅の時刻表を見てあ然・・・。
天王寺に行く上町線が5分に一本ぐらいあるのに対し、恵美須町行きは何と一時間に二、三本!
結局10分以上待ったかな・・・、これから覚えておく必要があるな。

おかげで宴会はみんなが座って「さあ、始めよう。」と静かになったころに着いて、速攻で挨拶をすることになりました。
皆さん、すいません。


2019年12月21日、S__121479170_a
※ Image courtesy of kanon

宴会が始まれば、いつもと同じ楽しい時間。
今年も幹事をしてくれたフクちゃん、どうもありがとうございました。
皆さま、また来年よろしく!


埼玉県   タカナさん 中金ブラックさん Pさん
東京都   シローさん
静岡県   まるみーさん
愛知県   tchさん
滋賀県   ふるっちきさん
奈良県   フクちゃん スーさん カノンさん
大阪府   タカさん タキさん yuhiroさん かべちゃん ミッチェルさん あっさん Rip


帰りは南海本線の天下茶屋駅まで歩いたけど、不思議と足は痛くなりませんでした(早くは歩けないけど)。
酔ってると感じないのかな?






十津川から大峯奥駈道へ(12/14編); その3


十津川ツーリングの三番目の目的は、玉置山周辺の道を調べることでした。
このあたりに大峯奥駈道のルートとクロスするところがあります。
大峯奥駈道といえば山の稜線をたどる急峻な道なので、普通に考えるとバイクでは行けない道です。
そんなところがあるんなら、行ってみたい!
ズバリそれが狙いです。


2019年12月14日、tamakijija_a
※ クリック大


R168からR425に入り東進すると、21世紀の森のちょっと手前、道が急勾配になってきたところで、右に分岐している道があります。
右折すると、程なく瀞峡方面に進む「葛川隧道」というちょっと怖そうなトンネルに出くわしますが、その手前を右折して玉置神社方面に進みます。
この道は「京ノ谷大谷林道」という玉置神社に向かって大峯山脈の稜線部分に駆け上がって行く道で、標高は一気に高くなります。


2019年12月14日、14時07分36秒[1]a


標高が1000m近い稜線部分に出ると、左斜め後方から大峯奥駈道がクロスするように現れます(末尾の観光案内図参照)。
その道は細い登山道のような感じで、林道に取り込まれたり、並行したり、ときには分岐して一旦林道から離れたりしながら、玉置神社までの稜線部分を一緒に進んでいきます。

分岐する箇所があると、そこに「南奥駈道」と書かれた案内の小さな看板があります。
南奥駈道とは文字通り大峯奥駈道の南の方の部分、つまり玉置山周辺から熊野本宮あたりまでの道の愛称?で、かつて未整備で道がぐちゃぐちゃになっていたものを整備したところだそうです。
この活動は、山を愛する個人や団体の手によって、40~50年ぐらい前から熱心に続けられてきたとのことです。

上の画像は、林道の枝道を少し進んだところにある「花折塚」というところです。


2019年12月14日、14時12分47秒a


この林道京ノ谷大谷線は、一箇所道路工事をしていたところ以外人っ子一人いない心細い道ですが、景色は驚くほどすばらしい道です。
遠景には山が連綿と連なる紀伊半島の景色、眼下には十津川の景色と、一瞬遠近感を失うようなダイナミックな風景が目を楽しませてくれます。
もうちょっと、ちゃんと写真を撮ったらよかった・・・。


2019年12月14日、14時13分25秒[1]a


玉置神社の手前に展望台があります。
笠捨山など、大峯奥駈道のルートに当たる北東側がよく見えます。
あんな山を一つひとつ越えて歩いてここへやってくるなんて、苦行といえどもよくそんなことを思い付いたものだなあと感心させられます。
熊野古道ここにありって感じです。


2019年12月14日、14時20分50秒a


人の気配がなく一人でいるのが怖いような展望台でしたが、玉置神社の駐車場まで行くと、今度は反対に多くのクルマと人に驚かされました。
人が多いのはイヤなときが多いですが、安心するときもありますね。
それにこの神社、流行っているみたいですね。

観光案内を見ていると、一度このあたりを散策したくなりました。
最近足腰が痛くなる症状があまり出ていないから、身体のリハビリの成果を一度試してみようかな。

玉置神社を最後に、これにて十津川ツーリングは終了です。


2019年12月14日、tamakijinnja_a
※ クリック大


<おわり>






プロフィール

Rip

Author:Rip
性別 男
年齢 戦後生まれ
住所 岸和田市
趣味 バイクほか…
長所 楽しく酒が飲める
短所 判断が自分の好みにかたよる

最新記事
最新コメント
シンプルアーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR