攻撃してどうなる? ~沖縄 最悪のシナリオ ; その2


歴史好きな私のオヤジにはいろいろな話を聞かされましたが、その中で琉球の話がありました。
覚えている話は、中山王の本島統一や琉球処分のことです。
そのときはただ歴史の知識を得たという感じでしたが、自分の血筋に関係があるということで、それなりに親近感を持って沖縄のことを認識していました。

やがて年齢とともに、私の歴史の知識もそれなりに増えていきました。
特にここ最近、日米関係や中国の台頭など、沖縄の米軍基地と関係の深い問題が多く取りざたされるようになってきています。
そんな中で、私の心の中にはある一つの見方が芽生えます。

それは、「沖縄は日本か?」という問題です。
そんな問題は今はないという人がいれば「その通りです。」と答えますが、言い換えれば「沖縄は日本になって、何かいいことあったのかな。」ということです。
この話を、歴史、そして現状、未来というふうに考えてみます。




沖縄は、江戸初期に行われた薩摩藩の琉球侵攻までは、確実に日本ではありませんでした。
中山王ちゅうざんおうである尚巴志しょうはしが北山王、南山王を倒し、琉球王朝を統一したという日本の政治的影響を受けない独自の歴史があります。
しかし、この王朝は明のちに清の冊封を受ける地の利を生かした小さな貿易国家でした。
薩摩藩が来てからの江戸時代は中国と日本の両属という関係になりますが、維新のあと明治政府は併合に向け、1872年に琉球藩を設置したのちに1879年に本土並みの廃藩置県を断行します。
これが琉球処分です。
日本が優勢の中で清とのせめぎ合いが続きますが、日清戦争勝利によって清は最終的に手を引きます。
だから沖縄が完全に日本になったのは、台湾を併合した時期と同じです。

このあたりから、本土にやってくる沖縄出身者が増えていったのではないかと考えられます。
しかし、訛りの強い方言、文化や宗教的風習の違いから、始めはなかなかすんなりと日本の社会に溶け込むことはできなかったようです。
沖縄出身者が固まっている地域があるのは、このためです。
私のオヤジの育った家の周囲も、沖縄姓の家ばかりでした。
もともと周辺に住んでいた地域住民から歓迎されたとは思えません。

それから約50年、太平洋戦争の末期に沖縄はアメリカ軍上陸という辛酸をなめます。
ソ連軍侵攻地域は別として、沖縄の人々には「なぜ、沖縄だけが日本のために犠牲にならなければならないのか。」という気持ちが強く残ったことでしょう。
その気持ちは時間が経てば消えていくものではなく、接収された土地に造られた在留米軍の広大な基地や爆音を響かせる航空兵器を目にするたびに増幅されるものであったはずです。



ここまでが、日米安全保障条約が締結される前までの歴史です。



<つづく>






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先程はありがとうございました🙇‍♂️

先程はコメントありがとうございました😊

ちょうど先週の大河でやってましたね。沖縄は日本じゃなかったこと。「沖縄との密貿易」詳しくはありませんが、幕末維新のころの歴史には興味があります。
マイナーですが志士の一人に隅にあげられる「清河八郎」は隣町出身者です。

こんにちは!yakuwartさん

去年8月に私が山梨に行ったときは、タッチの差でお帰りになったと伺いました。

「清河八郎」は「芹沢鴨と一緒に新撰組のもとを作った」ぐらいしか知識がありませんでした。
武闘派ではなく、なかなか理論派だったようですね。

東北へ行きたいなあ。
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Author:Rip
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趣味 バイクほか…
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