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世界遺産は古墳の名前を決めるのか?


5月20日、上の息子が家に戻っていたので、一緒に大仙陵古墳と堺市博物館へ行ってきました。
この日は周辺の道路で自転車の催しが行われていたので、周辺の道路は時間通行止め。
仕方がないので百舌鳥八幡宮にクルマを停め、街並みウォーキングで15分ぐらい歩きました。
道筋には、御廟山古墳という中規模の古墳がありました。


2018年06月07日、マイナビトラベルより_main_a
※  マイナビトラベルより

上の画像が堺市博物館です。
古墳をイメージしているのか、何かヘンな形をしています。
百舌鳥古墳群の真っただ中に建っている施設で、展示内容は古代のことが大きなウエイトを占めています。

下の息子ほどではないが、コイツも展示物はわりとゆっくり見ている、ということでお父さんの方が先に建物を出ました。
よくあるパターン。


2018年05月20日、16時13分24秒aa


気付いたのですが、この堺市の展示では「仁徳陵」という言葉が頻繁に使われていました。
宮内庁治定陵墓の記載通りなのでそれでいいのですが、最近はいろいろな歴史的な研究によってこの「仁徳陵」という言い方はあまり使われなくなりました。
研究者のみならず、教科書などでも「大仙陵古墳」と呼ばれることが多くなっています。
世界遺産登録に関わって、このあたりの不整合がどうなっていくのか注目されます。

仁徳天皇は、河内王朝と呼ばれる時代の大きな勢力であったことはほぼ間違いないのですが、日本書紀をたどっていった年代と中国の歴史書に出てくる倭の五王の年代では100年以上のズレがあります。
仁徳天皇自体の存在を疑問視する人もいます。

もし王朝交代説が一般化して、治定陵墓の多くが誤った天皇の名前になっているとしたら、万世一系説は根拠を失い、天皇家を象徴と規定する現在の日本の国体もヘンなことになってきます。
「わかっちゃいるけど言えない or 言わない。」ことがたくさんある微妙なエリアです。
すべて明らかにすることを国民が望んでいないから、そうなるのだと思います。


2018年06月07日、マイナビトラベルより_body_1a
※  マイナビトラベルより

開口神社に奉納されていた復元された鉾(だったかな?)。
さすが堺ですね。
あと布団太鼓がありますが、だんじりはありませんでした。
旧市域のだんじりは、明治初期のケンカで死亡事故が起こり、禁止令で廃絶したと聞いているんだけど(出典は忘れました。あやふや情報です。)。






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