和泉五社と神輿の渡御 ; その1


昨年の話ですが、郷土資料編集の取材で岸和田市内の積川つがわ神社に取材に行きました。
幸い神主さんにお目にかかることができ、この神社に伝わる神輿みこしの渡御とぎょについて、詳しい説明を聞くことができました。
また、倉庫の中に保管してある神輿を見学させてもらうこともできました。


2018年10月03日、14時16分19秒a


郷土資料編集委員会で作っているのは「岸和田の祭り」で、私は主にだんじりについての部分を担当するのですが、その中で市内にはだんじり以外に神輿もあることを紹介することになっています。
だから取材の目的は、神輿の渡御について歴史や現在の運営のようす、参加するメンバーや日程などを聞くことでした。

神輿の歴史は古く、積川神社に伝わる伝承では、720年(養老4年)に和泉国の府中に総社として造られた泉井上神社の完成を祝って、積川神社から神輿が渡御したということです。
これが事実に基づくものであれば、おそらく神輿の歴史の中では全国的にも最古に位置する、またはそれと相当の大きな歴史的な記録ということになります。

神社には神輿が3台あり、上の画像は現在使われているもので、下は1600年前後に淀の方より奉納されたものだそうです。
この文化財として価値が高い方は、数年前に修理をしたとおっしゃっていました。

現在の神輿の渡御は、盛んなだんじり祭りの日程を考慮しながら、祝い事のあるときに行われるとのことです。
市内には神輿を渡御する神社がほかにもう2つあり、そのどちらもだんじり祭りの中の一つの行事といった感じで行われます。


2018年10月03日、14時17分22秒a


積川神社の伝承によると、この神社は和泉国総社である泉井上神社よりも古くから存在していたことになります。
そういえば、この海岸線から10km近く離れている積川神社の鳥居が、6kmぐらい離れたJR阪和線近くに遙拝所として建っています。
その鳥居と今神社が建っている所在地の間には、現在はいくつも神社があります。
そしてこのときのお話では、鳥居は浜の方にもう一つあったが岸和田城建設の際になくなったとのこと。

・・・となると、この積川神社はとても古くて、とても大きな神社だったことがうかがえます。
社域が広いのは、神道組織というか全国の神社の勃興期に存在したからでしょう。
いつできたのかは聞かなかったのでわかりません。

正確にいえばその当時和泉国はありません。
河内国を分割して和泉監いずみのげんという特別な行政区分を作ったのが716年とのことですから、国府となった現在の和泉市府中町あたりに中心的な神社を建立し、その完成を祝って積川神社から神輿が担ぎ出されたということになります。
想像の世界ですが、年代は話が合ってきました。

またそのときに、和泉監の総社としてできた泉井上神社よりも古い神社が5つあり、「和泉五社」と呼ばれることを知りました。
この積川神社はその一つです。

んっ、和泉五社って何?
どんな神社なんだ?


<つづく>






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Author:Rip
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